tour 2025「ennui」
現在、2025年1月25日 4時59分
朝早過ぎて全然寝てないんですが大井町へと向かってます。なんせ今日からツアー、せだいと共にまずは仙台編。
全10箇所13公演、ここから全国地方各地へと行きます。
各地への思いを仙台に着くまで綴ろうと思います。
■1/25 宮城 仙台FLYING SON
地方1本目、というか2025年ライブ初め。
サポートにはうんにょんさんとasamihumanが弾いてくれる初の体制!スタジオも良い感じにエネルギッシュにまとまったのでとても楽しみです。
フラサンは何度も行っていて結構もう馴染みの箱で、フラサンのあの黄色の壁と駅直結巨大ヨドバシカメラを見ると仙台キター!感があります。
今回Umisayaのツアーファイナルに参加させていただく形で出演させてもらいます。めでたくソールドアウトしたらしい、スゴイ、パンパンのフラサンで演奏出来ることを光栄に思います。
■1/26 岩手 the five morioka
力哉さんの地元、盛岡へ久々に行きます。
もうさすがに行き過ぎて力哉さんの実家、ライブハウス、盛岡駅あたりの主要箇所は地図なしで歩けるようになっております。第二の実家です。
フルアルバムの新曲達と共に行けるのを楽しみにしてます!
■2/9 千葉 Sound Stream sakura
去年末ひーさびさにサンストに出演して、実はツアーでも来たいんですよねぇ...と話をしてCUTMANSのツアーに混ぜてもらう形で出演。その時に初めてライブを観たけど、ユメギワを初めて観た時と同じような いぶし銀を感じました。とても良いバンド。これからどういう風に歩んでいくのかは、彼らのこれからのツアーにかかってるんじゃないかな と勝手に先輩ヅラしておきます。
何はともあれツアーでも行けて嬉しいです!
■2/23 茨城 club SONIC mito
水戸が好きだから ソニックが好きだから 納豆が好きだから 行く、もうシンプルに行く理由はそれさえあれば十分だと思います。
今回、ただ単によくある4,5組の対バンイベントじゃなくて楽しいことしたいな...と思い、沢山のバンドが出演するフェス形式はどうですか?とソニックに提案し、東京から大好きなバンドたち(厳密には東京MUSHSだけだわ...)と水戸のローカルバンドたちにお力添えいただき、総勢8組で開催します。
東京へ終電で帰れるようなタイムテーブルにしますので東京の民も是非!
■3/16 新潟 CLUB RIVERST
こちらは(リアル)第二の実家です。
新潟へは2回目、6年ぶりの遠征。個人的には毎年行ってるのでバンドで行くのが逆に若干の違和感...!とは言っても新潟駅はあまりないのでまだまだ新鮮味あり。なんか駅周りが最近工事?したらしくめちゃくちゃに賑わってます。1日楽しめるんじゃないのかあそこ。
東京から帯同してもらうメレ,THURSDAY'S YOUTHが最高だと思ってくれる人は是非来て欲しいし友達になりましょう。
■4/6 愛知 K.Dハポン
ハポンは2回目、去年ぶりに行きます。
名古屋はツアーの王道だとは思うんですけど、これまたあまり行っておらず名古屋自体2019年以来になります。
ハポンに初めて行った時、最初思ったのは居心地良い!!です。なんかいわゆるライブハウスって感じじゃなく隠れ家というかアトリエというか、オシャな雰囲気の箱です。温かく迎えていただいたのもあり、また絶対に来たい!と思っていたのでめっちゃ嬉しいです。
メンツも先日決まりきってそろそろ解禁します!
■4/7 静岡 三島ROJI
further platonicが作った去年出来たばかりのライブハウス。ファーザーは直接関わりはないけど、サポートのやましのaoniがレーベル所属してるのもあり一度は行ってみたいな〜と思い今回組んでもらいました。箱の写真とかSNSで見てて、行く前から絶対ええとこやん...と感じております。
平日開催ですが東京へ終電で帰れるようなスケジュールにしたいと思っておりますので、関東近郊の方、静岡初ユメギワを是非目撃しに来てください!
■4/20 奈良NEVER LAND
ネバーランドに行く日が遂に来た...!初めての奈良遠征です。修学旅行ぶりの奈良県。
ネバラン、それはもう名前は十分存じ上げていたので今回行けてとても嬉しい。ツアー帯同するバンドに連れてってもらいます。ありがとうございます。というかそのバンドとはツアー後半めちゃくちゃ一緒です。めちゃくちゃ嬉しい。
お互い切磋琢磨してツアーまわりたいですね。
■4/21 大阪 Live House Pangea
大阪は4年ぶりに行きます。
2年前、前作「No Future」リリース時にツアーで行く予定だったのですが、体調不良によりキャンセルになってしまった過去がありまして...今回はリベンジということで会場は同じくPangea、日程もほぼ同じにさせてもらいました。リベンジしない限りは大阪へ一切踏み入れない!の気持ちをようやく昇華出来そうです。
そんな経緯もあるので 「No Future」の曲もやりたいなと思っております。
■6/7 宮城 SENDAI BIRDLAND
東北から遠征が始まり、東北で終わる。偶然だったのですが今回の作品テーマ的には運命だったのかもしれません。
というわけで2度目の仙台。
仙台はフラサン以外にもいくつか出演したライブハウスがありますがBIRDLANDは初です。どこにあるんだろう...というか仙台ライブハウスってこんなに多いんですね、そりゃ良いバンドたくさん生まれますわな!
■6/8 岩手 the five morioka
セミファイナルの盛岡です。
1月からツアーを経た成果をみせれたらなと思っております。
セットリストも結構変えれたらと...なんせアルバム13曲もあるからいろんな曲やりたいですね...考えます!
以上、ツアー各地の意気込みでした。
ワンマンはまた別途書こうかと。
今後、また数年行けない場所もあるとは思うので、この機会に各地の皆さんに観に来ていただけたらと思います。お待ちしてます。
一通り書いたところで眠くなってきました。
asamihumanが運転までサポート(ホントありがとう)してくれてるので安心して眠りにつきますわ!
爆睡車内を添えます

Ihatov
こんにちは。
YUMEGIWA GIRL FRIEND ドラムの高橋です。
遂に1st full album「Ihatov」がリリースされました。皆様聴いていただけましたでしょうか。
僕にとってもバンド人生初めてのフルアルバムをリリースすることが出来て本当に嬉しく思います。
もっと深掘りして聴いてもらえるよう、僕個人の「Ihatov」への思いや各曲の作られた経緯などを綴ろうと思います。
2023年3月前作「No Future」をリリースし、6月に自主企画を行い、これからバンドどうしていこうかというときに、そろそろフルアルバムをリリースしたいよね という話になった覚えがあります。
どんなアルバムにしようか,何曲入りがいいか,過去作品一曲ずつ再録しちゃうか とか話していくなかで確定したことが2つ。
・絶対12曲それ以下はない(力哉さんの確固たる意志)
・再録はしない(再録あるある前の方が良かったな...とか思われたくないため)
の、2つを決めました。
だったんだけど、結果なぜか13曲になったし、1曲再録したし...その辺は後述しますね...。(ワンマンで発表した時は本当に12曲の予定だった...)
そこから、12月頃から曲作りとtomoranからのリリースが決まって、ワンマン直後にレコーディング,リリースと近年稀に見る凄まじい忙しさを乗り越え、無事終えることが出来ました。リリースさせてもらったtomoranとレーベルの主宰せだいに本当に感謝しております。
レコ発2マンの相手には、そんなの、せだいしかいないだろ!!となり、それが今週末に控えております。
...と、これ書くのにめっちゃ日付経っちゃって今日です!!ツアー初日 是非観に来て欲しいです!
ここからは各曲の所感です。
1.Honesty
2020年末くらいからストックとしてある曲。その時期、僕が力哉さんにお題を出して曲を作ってもらう ということをしていて、その際に出来たのが「邦楽のススメ」と「Honesty」でした。初めて聴いたときの衝撃は今でも覚えてて...最高じゃん!!!!え???と2曲とも僕は褒めに褒めちぎりました。どっちもめちゃくちゃに推していましたが、当時「Honesty」は3曲入りシングルには入れるの難しいんじゃないか...まあアルバムの中盤くらいに入れるのがちょうどいいんじゃないか...みたいな結論になりしばらくお蔵入りに。。
そんでフルアルバム作ることになり改めて引っ張りだしアレンジし、あれよあれよといつの間にかまさかの1曲目になりました...日の目を浴びれてホント嬉しい...。
ちなみに出したお題は「コードをじゃんじゃか弾かない」でした。
2.転落
アルバムの中では1番最後に出来た曲。
ギリギリまで力哉さんが作りきれず本来リズム隊Rec予定日を後ろ倒しなんとか作りきりました。まあそもそもワンマン終わって2週間後にレコーディング開始というハードなスケジュールだったので後ろ倒して正解だったかもしれない...。あの時は超ハードだったな...。
体勢有利で〜♪のとこは譜割りをみんなであーでもないこーでもない言いながらボーカルレコーディングを進めていきました。
今までのユメギワに案外なかったような曲展開で、終始冷め切ってる雰囲気がとても気に入ってます。
3.ねむれない
前にライブの特典CDでデモに入れてた曲。
デモのドラムが良かったのでほぼそれ通りに叩いた、が、ドラマーじゃない人が考えたフレーズのせいかめちゃくちゃムズイ...。
1:07〜1:09のフレーズはとても気に入ってて、難しいことしてないけど曲にとてもマッチしたフレーズだな~と自画自賛しております。
4.まだ春は来ない
ワンマンのアンコールで演奏した曲。
これまた曲の原案が2020年辺りからありました。1サビまで出来てるけどそれ以降が...ということでその後の展開は僕が作っていくことに。力哉さんがうちに来て、2人で細かなアレンジを考えてたとき、ここのセクションでなんか軽くギターソロ弾いてよ!とお願いしたらそれがとても良くて...これしかない!!!っていうのを出してくれたのでそれを基本としてほぼ1発で採用しました。
春の日差しのような間奏が出来たのでとても大満足です。
5.kanashimi_selection
ツアータイトル「ennui」は実はこの曲の仮タイトルでした。あと力哉さんと曲展開に関して結構揉めました。お互いがフル尺作ってどっちが良いか!!!と近しい人たちに聞かせるコンペが開催されましたが綺麗に半々に分かれる結果に...。そこから紆余曲折あり今の形になりました。
意外とこのテンポの4つ打ちってあんまりしてこなかったな〜と。ミックス具合もとても気に入ってます。
6.LIFE
2020年頭、3,4日??くらいスタジオに入り続ける作曲合宿をしていて、その時出来た曲がgantan(アイスティル),iboji(白昼夢),SATORI(LIFE)の3曲。まだ世に出てない曲もあります。
2020〜1年によくライブでやってて、あとは録音すればいつでもリリース出来るぞ!という感じでしたが何度か見送られ今回ようやく収録。
悟ってしまっている〜♪がやっぱり耳に残るのか、今でも割とみんな覚えてくれてて嬉しかった。
7.ハッピーライフ
作曲合宿をする際、自分も何かネタを用意しなきゃなーということで、コード進行だけを持っていき、なんか適当に歌ってよ!と力哉さんに無茶振りしたら、ハッピ〜ハッピーラ〜イフ♪と歌い始めたので、なんだそれ...めちゃくちゃええやんけ...と思い、いつかちゃんと形にしたいな〜とその一節の録音をずっと大事に残し、今回のアルバム制作のために引っ張り出してきました。
ドラムフレーズに関しては、この曲はゴーストノートで推してこうと思い、細かいことちま~ちまやりました。ちまちましてるニュアンスを感じ取ってくれたら嬉しいです。
あとレコーディング前日、寝る前にふと思いついたことがあって。アウトロのタムを3人で全力で叩いたら面白いな~と思い、突然2人にスティックを握らせ、ぶっつけ本番で叩かせました。
8.センチメンタル
力哉さんが16,17歳?くらいからある曲らしいです。
そこからchiriyuku_sainouのリリース特典でデモ音源として世に出し、そのまま役目を終えるかと思っていました。が、いつもギターサポートしてもらってるやまし(ニャホ/aoni)がこの曲を相当好きらしく、スタジオに入るたび「いれないの??アルバムにいれないの??」とめちゃくちゃ言うのでいれようかな...という方向になり収録。
とはいえ、実はレコーディング時間がカツカツだったので余裕があれば録ろうか!という話ではありました。が、リズム隊がパパッと終わり時間がちょい余りしたのでせっかくなので録りました。そして13曲収録と流れに至ったわけです。
通して聴くとアルバムの中でかなりフックになってるので、結果入れて良かったな~と思います。
9.戦争
当時ベースサポートしてもらってたイシヅカさんと共に基本的な形に作り上げ、2021年の1年間だけライブでちょくちょく演奏してました。
かなりコロナの情勢が出てる曲だなと思うしその時期をとても思い出す...世の中的にもバンド的にも閉塞感があったな...。
ミックス時点でバチっと作り上げてもらってとても良い出来になりました。
10.past glory
珍しくシンプルな裏打ち曲。デモが送られてきて一回聴いて、あ、もうこれでいいじゃん!となりバンド全体でも変にこねくりまわすことなくサラッとアウトプットしました。とはいえ一捻り欲しく、でもフレーズよりエフェクトの方向かなぁなんて思い、2Aに初の試みでスネアリバースを入れてみました。上手いことハマったな!
11.kaya
いち早く配信シングルでリリースした曲。
自分の中ではザ・ユメギワだと思っていて、みんなの思うユメギワ像ってこれじゃないですか...?違いますかね...。ちなみに力哉さん本人はそうかなぁ...と納得はしてなかった(不満とかではなく)。
ドラムのフレーズはワビサビを意識してあまりフィルを入れない方向で作りました。あとサビでハットをクローズするの好き過ぎる。世の中ハットはクローズする義務を作ろう。
12.夜になって
1st mini album「ギターロックのすべて」から再録。再録はどれもしない方向だったけど、この曲だけはお互い再録したいよね...と意見が一致したのでしました。
再録するに当たって決めたのはアレンジは当時と変えないということでした。再録あるある 前の方が良かった...があるので、演奏は変えずにただただ良い音で録り直しをしました。ギタロのすべて当時僕はメンバーではないので、結果細かいドラムフレーズは変わっていますけどね。といっても、普段ライブでやってるフレーズでそのまま録音しました。
13.イーハトーヴ
最初にデモを聴いた時、これはもう最後に相応しい曲だなと興奮した覚えがあります。よくぞ作ってくれた...!という気持ちでしたが噛み締めてるヒマもなく転落と同時に駆け込みギリギリで完成。
曲の終わりのチャイムは盛岡の力哉さんが住んでいた街で流れているメロディらしいです。偶然、僕の地元の町田でも頭2,3音同じようなメロディが流れてた記憶があるのでなんだか偶然だろうけど、奇跡的で嬉しいなぁと思いました。
本当はリリースしたのと同時にアップしようとしたけど中々書き進められず...。夜が明けたらレコ発ツアー初日です。せだいとの2マンとても楽しみにしております。
来年からはひさびさにガッツリツアーを周ります。ツアーに関してまた書こうと思いますのでまた読んでいただけたら幸いです。
それでは「Ihatov」末長く聴いてもらえたらと!
長々と読んでいただいてありがとうございました。
どっち?
ワンマンを終え、フルアルバムのレコーディングを終え、さあこれからツアーと新曲に向けて頑張るぞ!というところでまた右足の調子が悪くなってきた。
ワンマンに来てくれた人たち、ありがとう。本当にありがとう。かけがえのない日になりました。
そこまでは調子良くて。
でもレコーディング2日目?あたりから違和感あってそこからも〜うグズグズになったもうた
今日もスタジオだったけどぜ〜んぜんダメで泣くかと思ったわ。なんだったの9月のあの最高だったスタジオは...。
まあまあその一喜一憂を繰り返しながらやってけば良いよと自分で自分の背中を押すけど...うん挫けそうになるな...頑張ります...。いやまぁもう頑張るとかじゃなくて向き合うとか付き合うとかいう思考ではあるんだけど......んんんんがんばります!!!おす!!!!
あとDW5000はクビにしました!
5000
昨日は2024年ライブ初めだった。
もうここ最近右足はだいぶ安定してきたな〜〜と思い、あの忌々しいペダルを久々に引っ張り出して演奏してみた。
DW5000というペダル、大学生の時から6,7年苦楽を共にしてたけど、右足に不調を感じてからはなんだか見るのも嫌な気がしてずっと家に置いていた。
それから違うペダルを2個使いつつ療養というか、ひたすら自分と闘っていた。
気づいたら右足が不調になってから4年も経っちゃってた まじか。
もうこの4年間でだ〜いぶドラムのフォームや叩き方が変わり、機材も変わり、何よりもモチベーションと自信が下がりまくってどん底になって最初の頃はもう人生終わったな...ぐらいに考えてた。
でもなんかお陰で人にとても優しくなった気がする。昔から元々大体のことは ま〜大丈夫っしょ!みたいな性格だけど、今はもう 死ななきゃなんでもオッケ🙆♂️ダイジョブダイジョブ!! ぐらいのとこまでには自分のことも人のことも考えられるようになった。視野が広がった感じ...?
そんで何かトラブルが起きた時にあらゆる対処法を考える癖も出来て、なるべく冷静さが大事だな〜とか思うようになった。
すげー辛かった。今も完全に違和感は無くなったというわけではないけど、4年前に比べると本当に良くなった。演奏中、もう右足のことだけしか考えられない辛い辛い辛い辛いというターンは終わった。と言いつつも今でも全然気は抜けないし、ライブ前は特に 今日は大丈夫だろうか...あぁあの人はこんなに自由に自信満々に叩けてて羨ましいな...と思ったり。でも不安な時こそ、自分を信じなくちゃ!!!と思うことで何事もなく終えた成功体験がかなり自分を支えている。結局自分が1番自分のこと信じなくちゃ右足が報われないわな...。そうこうしてドラムに対してのどん底のモチベーションは少しは上がっているのを実感する。
あとは周りに同じような症状の人がとても増えた気がする。打ち上げ中ふとした会話の中で、いや実は自分もさ〜と話が出たり、自分より酷い症状で病院に行く決意をして薬飲みながら叩いてたり。意外といるんだなと思ったのも心の支えになったな。なんというか、みんな苦しみながらそれでも叩いたり勇気を出して休んだりと大変だけど、みんなで良くなるように頑張ろうな...!!!って勝手に鼓舞するように思ってた。
まあそんな感じで安定してきたと思い元相棒DW5000を引っ張り出した。
久々に踏んでみたけどやっぱ踏みやすいわ...!体に馴染む...いやもう既に馴染むとかいう概念は消滅してるけど、そこまで違和感なく踏めることが出来た。やっぱコイツのこと好きだわな〜とか思って演奏してた。9000から5000になったせいか急に見た目が寂しく見えるのはしょうがないけど!
あの忌々しい感情 負のオーラはもうコイツから放たれてはいなかった。まだ隠し持ってるだけかもしれないけど、それはもう自分を信じてコイツにも優しく接してあげなきゃなと思ってる。
来週からもまたコイツを使っていく。
コイツとか言っちゃいけないね。でも負のオーラ感じたらまた9000に戻ってやるからな!!!!!!!!
コネクト
先日『No Future』という3曲入りの新譜をリリースしました。
聴いていただけてますと幸いです。
ずっと気にしていた右足ですが、最近は割と安定してきています。
前まではスタジオ前やライブ前、死ぬほど気を使って体調やメンタルを整えて集中させ...みたいなことをしていたけど、そんなこともなくなってきました。
演奏中、たまにヤベ!みたいな瞬間はあるけど、気にしない気にしない!の精神で無事なんとか乗り越えていけてます。
もうこのままそんなこともあったなぁなんて昔話にしてしまいたいな。調子が悪い時もあれば良い時もある、みたいなのでいつまた悪くなるのか不安ではありますが、もはや人生レヴェルで見てるのでもう何があっても怖くないな。嘘 やっぱり怖さはあるよね。否めない。
今年は大きく環境が変わり(この後も変わるんですが...)、心機一転の気持ち。
自分が何をしたいのかどうしていきたいのか。結局のとこ、頑張らないと人生って良い方向に向かわないんだなと。頑張っていたつもりだけどつもりだったとか、そもそも良い方向ってなんだ?とか...色々考えちゃうね歳を取ったね。
後悔しないように生きなきゃな。
更新頻度をもう少し上げたい
もう何があっても挫けない
その後
今週は鬼のようなスケジュールである。
どれだけ過酷でも、最近はもうもっぱらフィジカルよりメンタルの心配しかしていない。
緊張やプレッシャー、恐怖心になんとか耐えつつ過ごしている。
結局のところ、足は今でも思ってるように動いていない。これは結局、機材のせいではなかった。自分自身の問題だった。いつまでもこの状態が続くんだろう。もう2年半ほど。世の中が変わって自分自身が変わって、生きている心地はもうずっとしていない。
それでも演奏する機会をもらえてる。とてもありがたい。鬼スケジュールで考えている暇もないくらいになってるから実は助かってたりするもんだな。
幸いにも、まあそんな時期もあるだろう...!と楽観的に(ギリギリ)考えられてるから、演奏する楽しさは多少戻ってきている。それでも落ち込む日もあるけど...!
常に自分との戦いばかり。世界選手権トーナメント全部自分、いつまで経っても自分が相手みたいな気持ち。なんだそれ。。。人生そんなもん?
小さいジャスコに行きたい
右足が動かなくなった話
結論から言うと治りました。
完全復活とは言い切れないけど、原因は分かり概ね回復の兆しです。
(追記 2023.03現在やっぱ治ってません!)
これは備忘録として、そして同じ現象が起きてる人がいたら参考にしてほしい ということで書き記しておきます。
長いですが大体時系列に話していきます。
2020年2月ライブ中。
突然、バスドラを踏んでいる右足が思い通りに動かなくなってしまいました。
始まりは1曲目のワンフレーズをミスしてから。
ミスった!あちゃ!切り替えてこ!と軽く思いつつも、ただのミスではなく、その瞬間から急に右足だけ変わってしまったような感覚がありました。
その後にやった新曲2曲も、それどころか今まで幾度となく演奏してきた曲たちも、思ったように右足が動かずやりづらくてやりづらくて...もう頭真っ白になりながらなんとか終えました。
当時、1ヵ月もライブの間隔が空くことはなく、その日久々のライブだったために、調子悪かったのかな??ライブの感覚ちょっと忘れちゃったかな??ぐらいに思っていました。(いや、というか調子が悪かっただけじゃ収まらない、今まで感じたことない恐怖だったためにそう思うようにしたのかな。)
その後、練習でスタジオに入った時は全然なんともなく、いや〜この前はしんどかったな〜久々で緊張しちゃったかなアハハ! なんて思いながら次のライブのセットリストを難なく通していました。
ところが次のライブ中でもアレが起きました。
動かない...。。。
そしてスタジオに行くと大丈夫。
ライブ、動かない...。
スタジオ大丈夫。
ライブ動かない。
ライブ当日、直前に個人練習に入り準備万端!
ライブ動かない。
もう焦りまくりました。
なんで??どうして??と頭がぐるぐるになり、これを繰り返していった結果、段々とライブをすることに恐怖を感じていきました。
ジストニアという病気があるらしい。
思った通りに体が動かないという病気らしいです。
最近では身近な人も実は...という報告を見ました。
この時はそれも頭を過ぎりましたが、一旦考えないようにしました。
3月に遠征があり、とあるバンドのツアー帯同をしながらそのバンドのサポートまでする(2ステージを3箇所)ということがあり、恐怖に立ち向かいながら必死に練習をして曲を覚えてライブをしていました。そのバンドも当時大変だったし、少しでも力になれたらと思っていたから、もう、極限状態、パッションだけで乗り切っていました。だけど遠征自体は、それはもう、めちゃくちゃに楽しかった...。2020年の思い出といえば1番これが出てくるかも。
ちょっと話が逸れました。
2020年4月〜6月は知っての通り、しばらくライブをしていない期間でした。右足にとっては幸いだったのか、ちょうど良いお休み期間となりました。
日常生活には支障はなかったので、スタジオも入れず本当の意味でお休み。リセットされて治ってればいいなと思っていました。
7月からライブが徐々に始まりました。
動かない...。。
練習不足なのかな...と思いもちろん個人練習も増やしました。
そのうち段々とスタジオでも動かなくなることも増え、右足どころか精神的にも結構しんどくなり、演奏するときは常に右足を極端に意識せざるを得ないことになりました。
そうして、常にストレスを抱え、ギリギリで保った状態でライブをなんとかこなすことは、いつしか演奏に楽しさを見出せなくなることになっていきました。
見直せることは思いつく限り全てやったつもりでした。
まずは椅子の高さから。座る位置、姿勢、右足を置く角度、ペダルとの距離、スプリングの交換と調整、ビーターの角度と長さ、プレートの角度、演奏用のシューズ交換、バスドラヘッドの貼り具合、他の楽器の位置。
更には体重や、その日の食事とメンタル調整といったことも気にし始めました。
他にも、書き忘れてるぐらい些細なことも見直していたと思います。
どれも試してみてもちょっと良くなったかな??程度で、根本な解決にはなっていない気がしていました。
身体的にも精神的にもどっちも病院で見てもらうか...という考えもありました。
といっても、僕めちゃくちゃ難しいフレーズとかやってるわけじゃないんです。
ドラム始めて誰しも恐らく最初に叩くであろうフレーズ、「ドンタンドドタン」レベルが踏めないんです。ギターロックのAメロとかのリズムですね。
フレーズ自体は簡単だけど良いグルーブを出すには...といった突っ込んだ話は一旦置いといて、長年叩いてきた基本的なレベルのフレーズが、今までと同じ感覚で出来なくなったということに極度の不安を感じていました。
むしろ、今までちゃんと出来なかったことに細かいレベルで気づけたんじゃないのかな?みたいな考えも持ってはいました。
だけど、それとは違う気がした...。
ちなみに今更説明しますが、ドラムの真ん中にあるデカい太鼓をバスドラと言い、それを踏むためにペダルを付け、そのペダルを右足で踏んで音を鳴らすという構造になっています。そのペダルと右足の連動が上手くいってないんです。
いざライブが始まっても、座る位置違ったかな...ビーターの角度浅い気がする...動かなくなるの怖い...お客さんにバレてないかな...ミスったなとか思われてないかな...と邪念ばかり。
もちろんライブが楽しい瞬間もありはしましたが、全神経を右足に注ぎなんとかこなすだけで精一杯のライブには気持ち良さなどはなく、モヤモヤした気持ちが吹っ切れない1年半の地獄のような日々でした。
2021年に入った頃には常に上手く動かず、昨日まで続いていました。
長々話してきましたが、結局昨日何をしたかというと、新しいペダルを買いました。
解決しました。
原因、ペダルの経年劣化らしいです。
え????????????????????
破損ないけど???????????????
どゆこと?????????????????
と思っていたんですが、同じペダルを7年も使っていたので、さすがに新品に比べるとどう考えても性能は落ちているということで、それに気づかず使い続けていた。ということらしいです。
ゴミや埃が隙間に入り込んだりオイル切れや当然錆もあり、思えば最近ずっとキコキコ異音がなっている状態なことに気付きました。
逆に気付けオレ...。
でも見た目全然壊れてないから経年劣化て...なんと。。そんなことがあるのか。。知らなかった。。という感じです。
でも今こうして書いている途中で思いました。スマホと一緒じゃね?ほら、別にどこか壊れたとかじゃないけど段々動きが遅くなってきたなぁみたいな。それじゃね??
そもそものペダル自体の不調を考える発想には至らなかったのでかなりの驚き。スプリングは目に見えて劣化してたから交換したけど、まさか見えないところで劣化していたとは...。
そんでなんでペダル自体を交換する発想になったかというと、僕の不調話を耳にしたOrganic Callのきっつーさんから電話が来て、「実は俺も同じ状態だったんだよ!そんでペダルが経年劣化で○△▫︎...」という連絡を受けました。
まじ?
治るのそれで?
まじ?
え、まじ?
ということですぐに一緒に立ち会ってもらい楽器屋に向かいました。
同じペダルの新品を踏みました。
あれ?
違う?
お?
なんだ?
お?
違うぞ?
吸い付くぞ?
おお??
踏めるぞ?!?!
おおおお?!?!?!
踏めるぞ!!!!!!!!!
明らかに違い、即NEWペダルを購入しました。
購入したのは今までと違うペダルだったんだけど、ちょっと今までの負のオーラを感じるペダルとは距離を置こうと思うし、気になってたペダルが元々あったからそっち買っちゃいました。
比較対象にならんじゃん!とも思ったが、どちらにせよ動けばもうそれで満足なのです。
その後も面白いくらい思い通りに足が動きました。本当に些細なことでこんなにも踏み心地が違うのかと、ドラムをある程度やってきたつもりだったけどそんなことも気づけず反省です...。
この苦しかった期間、気を遣ってくれていたのか、メンバーから厳しい言葉を投げかけられる といったことは全くなく本当に助かりました。
ありがとう。冷や冷やの演奏をしていて本当にご迷惑をおかけしました。。
そしてきっつーさん本当にありがとう。
そう、なんでライブの時だけ動かなかったのかというと、普段のスタジオでペダルを持って行かず、常設のペダルを使っていたからです。
もちろん、マイペダルを持ってくこともあるのでその時はスタジオでも調子が悪いと、そういうことです。ナルホド。。。
これからですが、恐らく前のペダルで変な癖がついてしまってると思うので、それを整えることに集中します。なんせ1年半この状態だったし。叩いた後毎度異常な程右足疲れてるし。
あとはセッティングの見直しをしまくってたせいで本来自分のやってものを忘れてぐちゃぐちゃなのでそれも固定させようと思います。
そんで前のペダルは精神的に落ち着いた頃にメンテナンスしようと思います。てか早くメンテナンスしてればこんな苦しい思いにならずに済んだな...。
ありがとう相棒DW5000...。
ということで日常のメンテナンスは大事です。
楽器は大切に。あとは人に話すことも大事です。メンバー外に話すことも中々なかったので。他人に弱音吐けませんから...。
楽器は乱暴に使ってなくても、いつかは調子悪くなるものなんだぞ〜という戒め。
そんで演奏が楽しくなって良かったです。本当に。
ここに書いたことで、誰かのためになったらそれはとっても嬉しいこと。
そして僕自身、また何か悩みを抱えたらこれを読もうと思います。
長々と苦労話を読んでくださり、ありがとうございました。
では!